研究テーマ

光格子時計

光格子時計

本研究室で提案され、2003年に世界に先駆け実証された「光格子時計」は、セシウム 原子時計を100倍以上凌駕する18桁の精度(300億年で1秒の誤差に相当)に達し、将来の「秒の再定義」の有力候補としても注目されています。香取・牛島研究室では、この「光格子時計」を駆使した「時空の物理学と工学」を探求します。 極低温原子操作、量子制御技術、最先端のレーザー制御技術を結集し、「光格子時 計」のさらなる高精度化を進めるとともに、この精度を利用した未踏の物理学の探求 と応用技術の発掘を目指します。たとえば、超高精度の原子時計は、物理学や原子時 計の構築のよりどころである物理定数の普遍性と恒常性を研究対象に変えます。一方で、異なる場所に置かれた時計比較では一般相対論的効果が顕著に表れ、時計は重力 で歪んだ相対論的な時空間を探るプローブとして機能するようになります。


現在、4つ研究テーマを掲げて研究を行っている。

①「高精度光格子時計の比較による相対論的測地の実証」では本郷と和光(理化学研究所)で開発する2台の光格子時計を光ファイバーでつなぎ、時計の高精度比較を行った。これによって2台の時計の高低差(重力ポテンシャル差)を5㎝程度の精度で観測し、相対論的な時間の進み方の違いを利用する測地技術(相対論的測地)の先駆けとなった。

現在は相対論的時空間を読み取る「光格子時計」のポータブル化(可搬化)の研究を行っており、「可搬型光格子時計」が実現されれば、相対論的測地の応用はますます広がる。例えば、重力に起因する時間の遅れを観測することで地下資源を探索するセンサーが誕生する。

②「超放射レーザーの開発」では、超放射と呼ばれる原子の協同現象を用いて、狭線幅のスペクトルのレーザー光源を開発する。
18桁を超える精度の光格子時計では、光と原子の多重極相互作用の検討が重要になる。

③「多重極効果を取り入れた19桁精度の光格子時計の開発」では、究極の光格子時計精度に挑戦する。
このような高精度な原子時計の大前提は「物理定数は定数」という仮定である。

④「異種の原子時計比較による物理定数の恒常性の検証」では、Sr、Yb、Hg原子で作る光格子時計の高精度比較により微細構造定数の恒常性の検証を行い、これまで知られている上限値に挑む。

中性原子のレーザー冷却・トラッピング

原子とレーザー光の運動量授受に関して、速度または位置依存性を巧みに盛り込むことにより原子に対して減衰力や求心力を作用させることができる。このようにして、ミリケルビンやマイクロケルビンといった温度領域まで冷却・捕獲された超冷原子集団は、ドップラー拡がりのない良好な分光学的な測定対象である。また、そのde Broglie波長は、室温原子のそれと比べて桁違いに大きいので、原子の波動性を、例えば干渉という形で 示すことができる。その他、多くの量子力学的効果のデモンストレートのための出発点となっている。現在、88Sr(ボース粒子)と87Sr(フェルミ粒子)を実験対象としている。

アトムチップ

レーザー冷却された極低温原子のコヒーレントな運動制御を固体基板上で行うことにより、電子や光子に比べて豊富な内部自由度をもつ原子を媒介とする量子情報処理系の実現を目指している。世界の他のグループでは磁場によるゼーマン効果を利用しているが、香取研究室では電場によるシュタルク効果を利用している。これによって、電流に伴う発熱などの問題を回避し、低消費電力・高入力インピーダンスのデバイスの実現が可能となる。

量子コンピュータ

現在のコンピュータは、エネルギー損失(発熱)や集積度の限界のために、その処理能力の頭打ちが危惧されている。また、その処理方法が基本的に独立な要素の組み合わせに過ぎないことから、たとえ複数個のコンピュータを並列に動かしたとしても、計算速度には 限界がある。そこで、その両方の問題を克服できる可能性のあるものとして期待されているのが量子コンピュータである。波動関数の重ね合わせ状態を基本的な論理素子(キュービット) として利用しているために、可逆性(ユニタリー変換)や並列性(重ね合わせの原理)を内在し、原理的にはエネルギー損失もない。このキュービットを構成するために、レーザー冷却されたストロンチウム原子を利用する。具体的には、十分に冷却されたストロンチウム原子を、光格子中にロードしたものにレーザー光を照射することで、ユニタリー変換・制御に対応する操作を行い、エンタングル(絡み合い)状態を生成する。

原子干渉計

量子論誕生の頃より、電子や中性子などの物質粒子の波動性が認識されてきた。この波動性を利用して電子干渉計や中性子干渉計などが構成され、量子力学の基礎づけを行うことのできる測定が行われてきた。それらの複合粒子である原子もまた、波動性を示すことが1930年代には知られていたが、その質量の大きさから室温での波長は(ピコメーター)のオーダーと極めて短く、それと同程度の大きさの回折格子などの素子をつくることは不可能であるために原子干渉計は長らく顧慮されてこなかった。ところが、レーザー冷却技術の進歩により、光の波長程度まで原子の波長を引伸ばすことができるようになり、原子干渉計が現実のものとなった。光と比較すると、冷却された原子は 非常な低速で干渉計内を通過するので、同じサイズの干渉計を作ったとすると、 原子干渉計は10桁も大きな感度を持つ。また、原子は質量を持つので、重力に由来する効果を精密に測定することもできる。

関連技術

世界で一つしかない自作の実験装置を考案・製作することによって、前人未踏の境地に切り込んでいくのが、当研究室の基本的姿勢のひとつである。

レーザー光源

様々な波長のレーザーを自作し、レーザー冷却・測定に用いている。これらのレーザーは光周波数コムを介して周波数狭窄化・絶対周波数安定化されており、光格子時計で実現される超高安定・高確度な周波数精度を幅広い波長(229nmから2.9μm)で利用可能である。

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光トラップ用光源

高安定光共振器

真空技術

実際の実験は、超高真空下で行われる。ICFフランジ、インジウムシールなどの技術を駆使し、真空中に共振器やファイバなどの光学系を設置しながら、最大真空度10-10torrを達成する。

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原子冷却・トラップ用超高真空装置

光共振器用超高真空槽

電子回路技術

実験的研究には、随所で電子回路技術が利用されている。多くの電子回路は自作によるものである。経験のない人であっても(多くの学生は そうかもしれません)、初歩的な回路から丁寧に指導し、たいていの回路を理解・製作できるようになる。

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DDS回路

DDS回路システム

機械工作技術

実験装置の多くは自作によるものである。電子回路技術と同様に、ボール盤での穴あけ やタップ切りなどを丁寧に指導し、たいていの実験装置を製作できるようになる。